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「薄氷を履む思い」で経営二十年

2005年6月12日


 サラリーマンを辞めて20年になる。この間、俗に言う「枕を高くして寝る。」という思いをしたことがない。最近では外部の人に「順調に会社が順調に成長して言って良いですね。」といわれることがある。勿論、お世辞半分であろうが世間の会社の成長というのも大半はこんなものなのかもしれないとも思う。
 マスコミを賑わす急成長のベンチャーなどごく例外の企業だし、それも暫く静観していると色々な問題や危機を内蔵していることがよくある。それにしても私にとって経営とはまさにクレバスの上の薄い氷の上を細心の注意配りながら歩いている思いだ。私がよく口にする心境だが「毎年春には来年も桜が観たいと思い、大晦日には来年も同じ除夜の鐘を聞きたいと思う。」というのが率直な経営の心境だ。私にとって日々が無事に過ぎていくのは言葉通り「在り難いこと」と肌身で感じる。だからこそ経営は日々の緊張感、充実感を楽しめる職でもある。
 このような私の不安の気持ちとは裏腹に、外から見ると厚い氷の上を確実に歩いて行っているように見えるらしく、「運が良い」とか「やっている事業が流行の先端で羨ましい」とか言われる。笑って聞き流しているが私にとって経営は必死に足元の氷の厚いところを探し、さらにその先の方向に薄いとところや障害がないか情報を集めながら歩いていることである。たまにはそれでも一歩足を下ろすと氷にひびが入ったり、突然の振動で氷が前方で割れてしまって引き返したりもする。引き返す氷も見つけられなくて途方にくれる瞬間も合った。遠く高いところを目指すために担いだ装備が重くなりすぎて氷の薄い部分を歩くのに危険を感じることもあった。目指す方向に自身はあってもここ数日の食料が底を尽きかけ倒れてしまいそうなこともあった。本当の死を覚悟したことも幾たびかあったが、そのときは笑顔で必死にそれを隠しとおした。歴史は語れても現状は語れない場合があるのが経営の孤独の最たるところか。
 薄氷の上を歩く孤独を支えてくれるのが人の励ましと期待である。取引先、社員、家族が自分が無事に歩いていくのを見つめながら期待しているのを感じるとき疲労感や絶望感が吹っ飛び次の一歩に熱い思いをこめて力を踏み込む。時として逆に、支援してくれる筈、最も理解してくれているはずの人が私の歩む氷にひびを入れたり、急に重い荷物を肩に投げ載せたり、或いは遠くに去っていくとき絶望と無気力に支配される。しかし、経営は立ち止まることはその場の氷が割れて死の谷へ落ちることを意味する。今日も明日も何があろうと歩くのが経営だと、ド素人だった私もこの二十年で骨身に沁み込んだ。何と言われようとどんなに気力が失せたたり体調を崩しても今日歩むのは止められない。それを支えているのは、今となっては自分が実現したい理想と自分の生き方への誇りや意地だけかもしれない。金や名誉のためであれば辞めてしまいかねないし、顧客や社員の支援も移ろいやすいが、経営が自分の人生の完結そのものと重なっていれば達成かその前に死ぬかの選択しかない。完結した日にはきっとこのすばらしい人生に感謝するという気持ちに満たされると思う。経営は自己実現にはもっともいい手段であり近道のような気がする。

 

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