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2003年 物に夢を見なくなった時代ー経営編

物に夢を見なくなった時代


                         2003年6月28日


 人類始まって以来、ここ20年ぐらい前まで人類は様々な物を手に入れることに大きな目標と夢を描いて生きてきた。ところが20世紀末に物が人の夢を叶える能力が極度に落ち込んだ。かつて製造業は、買ってくれる人に夢の実現をもたらす仕事でもあった。工場から出てくる商品は世の中が待ち望み、社会や家庭、職場にひと時の幸せをもたらす物が多かった。ところがふと気づいてみると最近憧れの物が少なくなり、巷には売りつける為の物が溢れている。製造業にとって人々の夢を実現するという喜びが、大きく減退していっている。物は人が作るものではなく、機械が造るものになっても来ている。新しく出てくる商品に感動しなくなったのは、私の歳のせいだけではないと思う。


 夢を叶えると言うほどのモノとほとんど出会わなくなった。今の子供たちはオモチャを手に入れて眠れぬほどの喜びを味わったことがあるのだろうか。その責任はモノにあるのか、社会にあるのか、子供にあるのか、親にあるのか…。


 子供の頃、私の育った環境は科学や技術とは無縁だった。いや文化とも無縁だったというべきかもしれない。家のありとあらゆる本が未来や世界への架け橋だったが、本当に限られたものしかなかった。読めない漢字を類推しながら少ない本を読み尽くした。農業の本さえ面白かった。頭の中は、常に現実とは違う世界を彷徨っていた。現実には貧しくて変化のない惨めな日々しかなかったから。面白みのない現実から逃れる為に、たまに手に入る菓子箱や石鹸箱を集めた。それは夢をかなえる小道具だった。少し数が揃うと切れない鋏や安全かみそりを使って家や車やロケットや橋を作った。ロボットも作った。バーチャルとは程遠いが、それでも私の頭の中では動き回った。


 小学校の中高学年になるとゴム動力やモーターで動く世界に取り付かれた。特に中古の模型用モーターを小学3年生ころ手に入れた時の喜びは、今新車を手にしたときの感動以上かもしれない。動力を持った工作は私の世界を拡大した。


 船を浮かせる工夫、潜水艦を巧く潜水、浮上をさせる工夫、プロペラ船を走らせ、ゴム飛行機で飛行機を飛ばせて歓び、モーターではどうしても飛行機を飛ばせることが出来ない現実に絶望した。ほとんど廃材での技術開発であったし、潤滑のグリスを手に入れるのに苦労した。(親父がポマードを使わないのが残念だった。)摩擦、浮力、揚力、流体の性質、作用反作用、慣性の法則、電流と電圧、など等、小学生が必死に体感を推理し実験し失敗して、法則とは言えないまでも感覚を身に付けた。その頃の模型用モーターは、しばらく使うとトルクが落ちて模型のスクリューさえ回せなくなった。分解して再生に挑戦した。ブラシの磨耗が原因であり、ブラシの曲げ修正で回復が成功したときは嬉しかった。もちろん長持ちはしなかったが。


 私にとってモノ創りは、夢を叶えるものでなくてはならない。悲惨な労働苦だけのものであってはならない。作る歓び、人を感動させる歓び、収入を得る歓び、その全てが得られるものでなくてはならない。

 

 

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