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Home >> 社長の部屋 >> 社長アーカイブス >> 経営論 >> 2000年 創業の思いー経営編

創業の思い                

2000年8月31日

 1989年11月1日に株式会社プレシードは発足した。技術的にも事業運営的にも、今振り返ればほとんど成功する要因がないような出発だった。営業や財務など全く無知な社長が、ほとんど業界素人で30代の男3人と20代前半の若者一人を引き連れての船出だった。見知らぬ土地で倉庫を借りて全て見よう見真似で始まった。床のペンキ塗り、中古車選び、部屋の改装、基本工具や事務用品の選定と購入、銀行取引の開設、どれも真剣に考え行動した。かき集めた一千万円の資本金が全てだった。金が尽きる前に事業が立ち上がらなければ、全てが始まる前に終わってしまう。その緊張感は振り返ってみれば素晴らしかった。そのときに考え決意したことが、今もプレシードの基本理念となっている。

 

 「何のために創業するのか?」金をためる為ではなく、技術者が技術を一生懸命追いかければ未来が開ける、仕事で感動できる会社を造る。贅沢な生活などは考えなかった。

 

 「運営方針は?」絶対に社会に迷惑をかけない、出来れば社会に直接役に立つ企業となる。他人の利益を略奪しない、出来れば譲る余裕を持つ。正義に反しない、出来れば悪を糾す。働く者たちが自己責任のもと自由に企画立案し実行する。失敗の責任を取れる者たちが成功の報酬も受け取る。しかし、一人の失敗は仲間が支えあう。理想を追い求めることを心に誓った「何を目指すのか?」上場し、会社を社会的な存在にし、運営をオープンなものとする。上場利益で十分な開発資金を集め、本格的な技術開発企業に脱皮する。しかし、これは恥ずかしくて5年間は語れなかった。

 

 「社長としての覚悟は?」絶対に社員より楽をしない。絶対に協力者に金銭的迷惑をかけない。生命保険で穴埋めする覚悟を持つ。同族会社としない。家族を経営に立ち入らせない。会社の金を自らの手で動かさない。絶対に朝の始業に遅れない。上場を果たすか又は「死の宣告」を受けるまで喫煙をやめる。多くの制約を作り堕落する自分の歯止めも作った。

 

 思いが時として弱くなる心を奮い立たせた。思いっきりワクワクしながら製品開発や技術開発に取り組みたい。子供の頃、食事の声を掛けられ食事のために中断するのが惜しくて堪らなかったような物作りの興奮を味わう日々を再現したい。まだ、創業の時に見た夢は実現していないけれど、私はこの夢を追う。プレシードという同じ船に乗っていても求めるものは違ってもいい、この組織を利用し自己実現を図りまわりの仲間にも好影響を与えるのであればそれでいいと思う。経営を担う世代が代わって追い求めるテーマが変わっても構わない、創業の思いを理解し世に貢献できる企業であることを目指すのであれば。

 

 当初より私が理想的な企業を目指しはしても作れるとは思っていないし、世の中が変わるのに会社は変わらないこともありえない。むしろ進化であれば企業は絶えず変化し続けねばならない。凡庸な創業者の決めたことを後生大事に守り続けるものであってはならない。ただ、後継者達には思いだけを理解して欲しい。私が伝えたいこの思いは、百年後の評価に耐えると信じている。若い頃一時、人生の目標を見失っていた私にとって、企業を育てるというのは何よりも面白く生きがいとなっている。どんなに苦しくとも目標や生きがいがある人生は幸せである。プレシードに勤務する人たちにも働く中に何か生きがいを見つけて欲しいというのが、私の願いであり目標でもある。お金を得る為に苦しくても我慢して働くことも確かに尊いと思う。しかし、私はプレシードの中には仕事そのものが目標になり生きがいとなる様々な職種を作っていきたい。営業、総務、労務管理、財務管理、機械設計、電気設計、ソフト設計、旋盤工、フライス工、SE、広報、購買、保全、もっともっとあっていい、やりたいものが自らの生きがいとし責任をとる覚悟で始めてくれるのであれば。働かされる職場ではなく、自らの意思で行動する者たちの集団でありたい。

 

 創業後11年が経過しようとしている。いつまでも独裁者として君臨すべきではないのかもしれない。10年にして、たったここまでの責任は重い。10年の人生を共に費やした社員達がいるし、他の仕事で働いて支えてくれた妻もいるのだから。

 

 

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