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手を合わせる

手を合わせる

 

2014年4月20日

 色々な手の合わせ方があるが、世界中で手を合わせるという行為は祈ったり気持ちを込めたりする自然発生的な行為のような気がする。日本では主に祈ったり拝んだり頼み事をしたりするときに手のひらを合わせる。

 

 私は毎朝、会社での朝礼の時に手を合わせる。私の場合は心の中で社是と共に経営理念である「感動を創造する、人を活かしきる、すべてに感謝する、常に挑戦課題を持つ」を唱える。この言葉に従って行動しているか、反することを行っていないかを心の中で問う。社員数が非正規の方まで含めると百名を超えた。「人を活かしきる」という言葉によく引っ掛かりを覚える。「本当に人を活かしてないのでは?○○君の視線が落ちているのは希望を与えられていないからでは…。」などなどの思いで乱れることもある。新しいテーマに取り組んでいるとき、「常に挑戦課題を持つ」と気持ちが言い切れるときは決意で力が入る。

 

 ときどき手のひらを合わせるという行為は大切な行為と実感することがある。神社や寺で手のひらを合わせて拝むことも多いが、私は決して神頼みはしない。神や仏に向かって誓いをする、或は感謝を述べるに留めている。神頼みすると気持ちが弱くなるから、今からの行動や生き方を宣言する。行動は自分で決められるが大願成就は自分を超えた神のみぞ知る。だから神様には頼まない、成就しなかったら神様に申し訳ない。(笑)

 

 神社や寺、家庭で神棚や仏壇などに手を合わせることも多いだろう。手を合わせるという行為は自分より上の存在を感じその前で素直になるという行為でもある気がする。専制君主やワンマン社長でも手を合わせたときは自分より上の存在に素直に向かっている。心には安らぎが生まれ謙虚さもあるだろうし、感謝もある。

私は20年前親友が突然死んだ時から、朝礼の時に手を合わせるようになった。最初は友の冥福を祈って、その後は今日も健康で生きていることに感謝して、今は誓いと宣言の気持ちで。

 

 手を合わせればきっと今より張りがある一日が始まると思う。諸君、朝起きて本格的に活動を始める前に、仏壇に或は写真に、或は鏡に映った自分に向かって或は朝日に手を合わせて自分を顧みる機会を持ってみてはいいかがだろうか。自分を超えた存在に元気に生かされている感謝と前向きに生きる誓いをしてみてはいかがだろうか。

 

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