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参禅記 その8

参禅記 その8

 今朝は禅堂に入ると賑やかだった。タウン誌の記者らの体験取材とかで10人以上が禅堂に並んだ。私から見れば若い女性が5、6名いた。好奇心だけなのかどうか知らないがヨガ教室先生と体験者もいた。自らと向き合うということは現在の変化が激しい中で自分を確たる見据える目を持って生きることは有益なことかもしれない。とはいえ、いつもと違った雰囲気は修行を終えた僧でさえ心弾んでいるような気がしたのは私の先入観かな。


 座禅中に汗が噴き出たような季節から次第に涼しさが本格的に進んでいく季節となった。騒がしかった虫の声も単調な小さな虫の声のみになってきたようだ。季節は私の意思や思いが有ろうがなかろうが移っていく。何万年以上も前からそして今後、私がこの世からいなくなっても続く、日が明け日が沈み、季節は春夏秋冬を回るという無常なる自然の中に生きているのをこのひと時位思い出さねば生きているのがもったいない。今日禅堂で聴いた虫の声も前回の坐禅で聴こえた虫とは恐らく違う虫だろう。前回、聴いた虫は既に息絶えたかもしれないが、誰もそこに関心を示さないし知りもしない。何のために生まれ死んでいった虫なのか私には分からないがせめて生を子孫に繋いだのであればそれも意味あることか。悠久の自然の中では私も一匹の虫に過ぎない。生まれて生を終えるのが数カ月と数十年は宇宙の中では殆ど同じ、十日前に声を聴いて今日は居ない生を終えた先輩の虫に生きた意味を聴いてみたいものだ。


 今日が始まり今日が終わるという繰り返しがいつか私にとっては終わるが、それでも次の夜が明けるという時が来る。その時まで何を生き、何を感じるのだろうか。そのことに意味を求める必要もないのかもしれないが、生きてる限り少しでも見知らぬ扉を開いて先へ行ってみようと思うのは私だけの生来の好奇心か。


時は流れる、合掌。

 

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