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参禅記その3

参禅記その3


 座禅仲間というほどの関係ではないが、何人か座禅で会う人たちがいる。フルメンバーで多分6、7人だが、通常は広い禅堂でその日来れた人2、3人で壁に向い座禅を組む。経営者、退職者、新聞記者など様々、女性も一人いる。学生風の人もいる。余りお互いを語る機会もないし関心もない。只管打坐(シカンタザ:禅語でひたすら座禅するという意味)だ。
共通するのは座禅を仕事にしている人はいないし、強制されて来ている人もいないということ。勿論、座禅で金を得ているわけでもない、皆何かを求めて自分の意思で来ている。その何かは皆違うかもしれないし、同じようなことかもしれない。私のようになぜ座禅するのか明確に応えられない人もいると思う。ただ好き好んで4時前に起きて我家を出てくる人たちだ。比較的強い意志または思いを持ってのことだと思う。
人は時々自分でも自分の事が分からなくなることが多い。何の為に生きているのか?何をしたいのか?何処へ向かっているのか?今の方向は自分の意思で歩んでいるのか?…考えてみると惰性や義理や決心がつかずに生きていることはなかろうか。いや、それこそ多くの人の人生かも知れない。迷っているから、或いは迷いたくないから只管打坐。禅堂でひたすら自分と向き合う。目の前の禅堂の壁は正に自分そのものなのだ。

 

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